北九州市立大学同窓会
大学だより
新入生の皆さん、入学おめで
とうございます。季節はいつの
間にか訪れ、いつの間にか過ぎ
去ってしまいます。まだ寒いと
思っていた日々も日差しが春
の陽気に変わり、桜は花びらを
つけ、皆さんの門出を祝ってく
れます。風に舞い落ちる花びらを手のひらですくうと、新
たな一歩の喜びを感じ、顔がほころんでくるのがわかりま
す。
しかし、世界に目を向けると、ミャンマーの軍事クーデ
ター、アフガンでのタリバンの復権、そして、ウクライナへ
のロシアの軍事侵攻など、平穏に教育を受けることができ
ない国や地域があるのです。同じ地球という星で同じ時
間を共有している同じ年代であるにもかかわらず、そのお
かれた環境はあまりにも多様です。何事においても多様
性があることを意識することは大事なことです。
世界の様々な情勢は、情報技術の発達でほぼリアルタ
イムに知ることができるようになりました。インターネット
が発達した今では、報道機関だけではなく個人でも情報
発信ができ、加工されていない生の情報が発信されます。
誰もがスマホをもち、簡単に写真や動画をとることができ
るからです。ウクライナの戦禍も私たちはSNSにあげられ
た個人のスマホの映像から知ることができました。
しかし、私たちが知ることができるのは切り取られたひ
とつの側面でしかありません。報道される内容は取捨選
択されており、偏った内容であることも否めません。イン
ターネット上でもニュースサイトやポータルサイトは、
個々の閲覧履歴に基づき、その個人の興味関心のある情
報が絞られてパーソナライズされています。つまり、そこ
学長式辞にはフィルターがかかっているのです。
自分は世界中の多様な情報を手にしていると思ってい
ることでも、実はフィルターがかけられた情報だけを見て
いるのです。フィルターバブルといわれる現象です。フィ
ルターによって個々が見ている情報はバブルつまり泡の
中に閉じ込められた限られた情報にすぎないのです。
そこでは多様性が失われてしまいます。ネット上のコメ
ントも自分と同類の意見だけが飛び交うエコーチェン
バーの現象が起きてしまいます。狭い閉じた部屋の中で
音が反響するように、同じ意見だけが飛び交ってしまうの
です。自分と同じ意見を持っている人が多数派だと感じる
のは錯覚かもしれません。そして、その中には捏造された
フェイク情報も含まれているかもしれません。
フィルターバブルを可能にしたのは、データサイエンス
の技術です。NetflixやAmazonなどでお勧めの動画や書
籍が個々の利用者にレコメンドされるしくみと基本的に
は同じで、大量の利用者の閲覧データをもとに、あるアル
ゴリズムで個々の利用者の閲覧の特徴を見つけ出し、提
供する情報を選別しているのです。そのデータサイエンス
の教育を本学では本年度から全学で展開していきます。
データサイエンスに限らず、学問は、多様なモノや現象
から、その違いや共通点を見つけだすことでもあります。
たとえば、地層は素人がみると一見同じに見えますが、そ
の中に多様な違いが見つけ出され、どの時代にどのような
現象が起き、どのような生物が生きていたのかもわかり、
地球の46億年の歴史さえつぶさに見えるようになったの
です。
何が同じで何が違うのかの多様性を理解していくこと
が学問を深めていくことになるのです。データサイエンス
も多様な大量のデータから特徴を見つけ出すことが基本
的な考え方です。
多様性を理解することは学問の世界だけではありませ
ん。世界には私たちとは異なる歴史的背景、文化、習慣を
持っている人々が多くいます。同じ日本国内であっても、
私たちが気づかないだけで考え方や生き方は様々です。
軍事的な圧力は許されるものではありませんが、自分と異
なることに壁を作ってしまい受け入れを拒否するのでは
なく、何が異なるのかを理解した上で、他者に対して自分
はどのような考えなのかを自分の立場で述べることが大
切です。
手のひらにすくいあげた個々の花びらはどれも同じに
見えるかもしれません。しかし、そのひとつひとつは決し
て同じものではなく、異なっています。異なっていることか
ら距離を置くのではなく、その違いを知り、どう受け入れ
られるかを学ぶことが大事なことです。それは、学問の世
界でも人との関わりでも同じです。
入学して新しい生活を始めたとき、周りの人々はみんな
自分と違って見えます。その違いを受け入れるには勇気
が必要です。はじめて出会う同級生と話をするとき、引っ
越した部屋の隣りの人に声をかけるとき、入りたいと思っ
たサークルのドアをノックするとき、そして新しい学問の
扉を開くとき。
春は、新しい出会いをもたらしてくれるだけではなく、
風とともに訪れ、私たちの背中をそっと押してくれます。
春はこれからの未来を教えてくれるのです。
その新しい一歩を踏み出す皆さんを改めて祝福したい
と思います。入学おめでとうございます。
北九州市立大学長 松尾太加志
北友会会報第126号(令和4年7月15日発行)掲載